ふたりのカリスマ書店員が語り合った、柳美里という作家
『人生にはやらなくていいことがある』刊行記念 書店員特別対談
「やらなくていいことがある」という言葉の意味
俊:柳さんは家族をはじめとした身近な存在を常に描いてきておられるので、翻って自分は家族に対して何をしているのか、という感慨が及ぶんですよね。僕が面白かったのは、東由多加さんに関するところ。東さんが亡くなられてある程度時間が経たなければ柳さんの中から出てこないこと、今だから言えること、今だから感じることもあると思うんですね。それが語られていて興味深い。東さんの夢を見ると書かれているけど、それは若い時の東さんなのか、亡くなられる前の弱っている東さんなのか、どの時点の東さんが出て来るのかを柳さんにはお聞きしてみたいです。
柳さんが東さんを描くことにはすごく意味があると思うんですよね。東さんはお芝居の方だから、亡くなられて作品が残るわけではない。こう言っては申し訳ないけど、忘れられてしまうかもしれない。柳美里さんが作品として残さなければ、東さんという人が「記号」になってしまいますから。
剛:僕は第四章「死」が一番響きました。死は誰も避けては通れないものですから、読んでいて切実になりましたね。今柳さんが実際に死に一歩一歩向かっている、その「確かさ」に打たれるものがありました。
生きることの方が儚くて、死ぬことの方が確実で強い、そこに命や光を感じるんですね。この本の言葉の力はすごいですよ、いろんな人の血となり肉となると思う。
俊:「やらなくていいことがある」というのは優しい言葉、温かい言葉だと思うんです。会社で残業を強いられて自殺してしまう人は、この言葉と真逆のところで自分を追い詰めてしまっている。仮にレールを外れても人は生きていけるんだということを教えてくれる本だと思いますね。たとえ順調なレールに乗っていても、震災を含めていつ何が起こってそれが崩れるかはわからないわけですから。
普段の暮らしの中で叶わないことを考えるのではなくて、今何に満たされているのかに目を向ける、そこに幸せがあるんだと感じました。お正月を家族で過ごして、年が無事に終わったなと感じる時には幸せがありますけど、普段は忘れている。この生活があることがいかにありがたいか、柳さんは常にそういう危機感を持って生きていますよね。
剛:人生ですべきことを追い求めると息苦しくなっちゃう。この本は、ストレスなんかの重荷を下ろしていいんだよということを教えてくれますね。年齢を重ねるごとに、家族が一年健康で無事に過ごせて幸せだなという思いが強まっていきます。「こういう幸せがないと嫌だな」と不幸探しをしながら暮らすよりも、日々健康で仕事にも行けて家族も元気、そこに悩み事をしないで過ごす方が幸せだと思えます。
俊:この本には、家族だからといって仲が良いわけでもないし、家族だから憎しみ合うこともあると書いてある。家族が始終ずっと一緒にいることが幸せかといったら、絶対にそんなことはない。むしろ不幸かもしれないですから。
柳さんは子どもの時にいろいろな体験をしたことで、子どもにとって自分がいかに大事な存在かということも実感しておられるんだと思います。人間だから子どもが憎い時もあるだろうし、家族だから一緒にいて幸せだなと感じられることもある。柳さんの歩みがあるからこそ、その両方が書けるんでしょうね。
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